オトシモノ


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プロダクションノート

■企画
 『オトシモノ』は残虐性やスプラッタを強調せずに、少女たちの内面に生まれる“純粋な恐怖”を描く作品として企画された。
 黒沢清門下生であり、ホラー映画に造詣が深い古澤健監督は諸作品の分析を行い、2年近くもかけて本作のプロットを練ってきた。さらに脚本に、田中江里夏が参加。彼女もきってのホラーマニアとして、新しいホラー作品の開発に熱意を見せ、2人での共同脚本作業が進行していった。

■設定について
 物語には、電車や駅という現代人の、特に主人公である女子高生たちの生活と密接に関連する舞台、さらに『オトシモノ』の定期券を呪いのアイテムとするといったアイデアが盛り込まれた。さらに愛と憎しみという離反する心を持った鬼子母神伝説をヒントにした『青沼八重子』というキャラクターを生み出し、様々な設定が取り入れられた。

■キャスティング
 キャスティングは当初難航した。フレッシュで、なおかつ芯の強さを感じさせるヒロイン選びに際し、100人近い候補が挙げられ、やがてその中から、その圧倒的な演技力と瑞々しさを持った沢尻エリカが抜擢されることに。さらに、バラエティ番組で見せる頭の回転の速さとグラビアで見せるシャイで大人びた表情が評価され、若槻千夏が香苗役に、そして抜群に安定した演技力を持つ小栗旬が俊一役に、それぞれ決定した。

■撮影開始
 撮影は05年6月から8月にかけて行なわれた。重要課題だったのは、この映画のもうひとつの主役とも呼べる駅の選定。日本全国の何百もの候補地から、舞台となる三葉電鉄・水無駅には最も「郊外の生活感」を持った土地として、千葉を走る北総線・矢切駅が、そして黒橋駅には同線・印西牧の原駅が選ばれた。

■洞窟
 洞窟のシーンの撮影は栃木県にある大谷資料館で行われた。かつて大谷石の採掘場で知られ、現在は歴史資料館やギャラリーにもなっているところに大がかりなセットが組まれた。これは同館にとって初めてのことである。撮影時には外気温は30度を超える猛暑だったが、館内は8度前後。吐く息も白く見える地下のシーンは、すべてここで撮られた。

■お祓い
 撮影初日には、沢尻エリカ、若槻千夏、子役らのお祓いが、調布の日活撮影所近くの神社にて行われた。それに出席しなかった茂役の北村栄基は、自身が電車に轢かれるシーン撮影の前日、バイク事故に見舞われたという。

■不思議な影
 水無駅事務所という設定の撮影は、かつて病院だった建物を利用して行なわれた。そこは本物のカルテなどが残ったままで、かなり不気味な雰囲気だった。そんな場所での撮影中、沢尻エリカは妙な影を数回、目にしたという。
ちなみに、妹の範子を演じた野村涼乃も同じ体質らしく、やはり人影を目撃したり、囁き声を聞いたとか。

■コメント
 初めてホラーヒロインを演じることになった沢尻エリカは恐怖の表情や不安な気持ちを保つために、ひとりきりになる努力をした。また、スピード感を意識し、ハリウッド製のホラー映画も参考にしたとか。
「圧倒的な恐怖描写はもちろんですが、観終わった後に切ないほどの『友情』や『勇気』、『家族愛』といった気持ちを感じてくれれば嬉しい」と彼女は語っている。

■VFX
 クライマックスの洞窟での亡者たちが登場するモブ・シーンはエキストラ50人を使って撮影された。古澤監督は特にこの場面にこだわった。日常生活から一転、その裏側に潜む“不条理な恐怖”を浮き彫りにしたかったと語る彼は、丸2日かけてエキストラひとりひとりに演技を付けた。そんな人海戦術を駆使する一方、電車や亡者の山などのCGのウェイトも高く、そのため制作も含めたポストプロダクションには約4ヶ月を要した。CGは“ペプシマン”などを手がけたピラミッドフィルムが担当。電車のフルCG、車との追突シーンなどを手がけた。

■完成
 仕上げは、映画を飾る主題歌。加藤ミリヤは作品を観たのちに、奈々と香苗の友情や、家族を想う気持ちを表現したいと考え、オリジナル曲「I WILL」を書き下ろしている。

■鬼子母神
 法華経で説かれている諸神のひとつ。サンスクリット語ではハーリティーといい、その和訳が鬼子母神。インドではカリテイモ(訶梨帝母)と呼ばれる。
王舎城の夜叉神の娘であり、鬼神・パーンチカ(般闍迦)の美しい妻だった訶梨帝母は500人とも、1000人ともいわれるたくさんの子供を産んだが、その性質は暴虐極まりなく、さらってきた人間の子供を食べていたために誰からも恐れられた。そこでお釈迦様は、訶梨帝母が最も可愛がっていた末子を隠してしまった。嘆き悲しむ訶梨帝母を、お釈迦様は、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らう時、その父母の嘆きやいかん」と戒めた。
 子供を失う悲しみや苦しみを悟った訶梨帝母は改心し、仏教に帰依することに。以降、護法神となり、安産・求児・子育ての神として人々から尊敬されるようになった。

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